アルコールを体内にいれなくなって ちょうど1年半が経った
1年半前というと 僕は会社を2年間休んでいて
休職期限ぎりぎりに なんとかリワークプログラムに参加して
リハビリ出勤1か月前に差し掛かったあたりだった
ここで白状をすると
僕は休職中の身でありながら 毎日晩酌をし
「酒は一切断ちました」って顔をしながら
後ろめたい気持ちを隠しながら 裏では舌をだし
真面目ぶっていた下劣なやつであったということ
それは精神論でしかないから現実でいうなら
エビオスやヘパリーゼやスパリブなんかで胃腸をごまかしながら
「毎日ビールの500mlを6缶」を最低は飲んで酩酊しないと寝れない体だった
明らかにアルコール依存症だった
休職原因がメンタル不調であるから そちらの処方箋も当然服用しているので
部屋は崩壊 文字通りのありさまであった
そんな僕であったのだけれど ある出来事があった
2015年3月某日。その日は近くに住む友人と飲みに行って 気分よく酔っていた
2軒目へ行って 帰る時には 記憶がない状態になっていた
帰路はちょうど下りの坂道になっていて 何度も何度もころんだ
胃腸は大丈夫だったから嘔吐はしなかった
少し眠ってしまった 目が覚めて だるい体を引きづって 家につくと ない
財布 鍵を入れていたジャケット 携帯はバッテリー切れ
交番に行っても当然 酒気帯びの人間をまともに相手をしてくれるはずがない
電話を借りて 鍵屋を呼ぶ 財布がないから
金のあてはないのにである
鍵を開けてもらい 支払いができないから 会社の先輩へ電話し金を借りた
給料日まで持ち合わせもない 金を下ろそうにもキャッシュカードはすべて紛失した
1月分の生活費分を借りた 1月3万の返済でOKしてもらった
クレジットカードの請求も近かった 20万円
親にはじめて金の無心をした 当然のことながら 縁を切られた
その日を境に 酒は ぴったりとやめた
熱が39度を超えても飲んでた人間が
腹を下してトイレと部屋を往復してでも飲んでた人間が
3.11震災があり日本中のみんなが絶望感に打たれていた時にも飲んでた人間が
妻が子供の出産前日に腹の痛みを訴えていた日にも飲んでた人間が
酒は摂取することで強制的に逃避へ誘う
現実を逃避したいときもあるけれど 安直に手をだしたくない
酒と私の記録を書こうと思えば いくらでも記せると思うのだけれど
自分のみじめさを晒すだけでなく これまで傷つけてきた人の心境をかき乱す結果にも
なろうかと思うので
僕はアルコール依存症であったことを自覚し
アルコールの摂取をやめたことを報告し終わりとする